金融機関のシステム内製化・効率化を支援する日本のFintech:Low-Code/No-Codeプラットフォームの事業と技術
金融機関において、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は喫緊の課題となっています。しかしながら、レガシーシステムの存在、高度な専門知識を持つIT人材の不足、厳格な規制への対応、そして開発コストと期間の増大といった様々な要因が、その取り組みを複雑化させています。このような背景のもと、システム開発の効率化と内製化を促進する手段として、Low-Code/No-Code(ローコード/ノーコード)開発プラットフォームが注目を集めています。
本稿では、日本のFintechスタートアップが提供する金融機関向けLow-Code/No-Codeプラットフォームに焦点を当て、その事業内容、採用されている技術、そして金融機関の事業開発担当者が提携や導入を検討する上で理解しておくべきポイントについて解説します。
Low-Code/No-Codeプラットフォームの概要
Low-Code/No-Codeプラットフォームとは、プログラミングにおけるコーディング量を最小限に抑える、あるいは全く不要にすることで、迅速なアプリケーション開発や業務プロセスの自動化を実現するツール群です。ビジュアルインターフェースを用いた直感的な操作や、事前に用意されたテンプレート、コンポーネントを組み合わせることで、非IT部門の従業員でも一定レベルのシステム構築が可能となることを目指しています。
金融機関向けのプラットフォームでは、単に開発を効率化するだけでなく、金融特有の要件(高いセキュリティレベル、厳格なアクセス制御、監査ログの取得、複雑な承認ワークフロー、既存基幹システムとの安全な連携など)に対応できる機能が不可欠です。日本のFintechスタートアップの中には、これらの金融機関特有のニーズに応えるべく、専門的な機能を組み込んだプラットフォームを提供している企業が存在します。
日本のFintechスタートアップによる取り組みと事業内容
日本のFintechスタートアップは、金融機関の多様なニーズに応えるべく、Low-Code/No-Code技術を用いた様々なソリューションを展開しています。その事業内容は多岐にわたりますが、主に以下の領域に焦点を当てています。
- 業務アプリケーション開発: 融資審査、顧客管理(CRM)、オペレーション管理、社内ワークフローなど、特定の業務に特化したアプリケーションを迅速に構築できるプラットフォームを提供しています。これにより、現場の細かなニーズに合わせたカスタマイズが容易になり、業務効率の向上を目指します。
- 既存システムとの連携強化: レガシーシステムや外部サービス(勘定系システム、顧客情報システム、API連携サービスなど)とのデータ連携やプロセスの統合を効率的に行うためのアダプターやコネクタ機能に強みを持つプラットフォームも存在します。金融機関が抱えるデータ連携の課題解決に貢献します。
- 顧客向けサービス開発: 顧客向けポータルサイト、モバイルアプリケーションの一部機能、簡易的なシミュレーションツールなど、顧客接点となるデジタルサービスの内製開発を支援するソリューションも提供されています。市場変化への対応速度を上げることを目的としています。
- 規制対応・コンプライアンス支援: 厳格な監査要件に対応した開発プロセス管理機能や、変更履歴の自動記録、アクセス権限の詳細設定など、金融機関のコンプライアンス維持をサポートする機能をプラットフォームに組み込んでいます。
これらの事業を展開するスタートアップは、主にSaaSモデルでのプラットフォーム提供を行っていますが、セキュリティ要件の高い金融機関向けに、オンプレミスやプライベートクラウドでの導入オプションを提供する場合もあります。収益は、ライセンス費用、利用ユーザー数に応じた課金、導入・カスタマイズ支援の費用などに基づいています。
採用技術の解説と評価
金融機関向けLow-Code/No-Codeプラットフォームの技術基盤は、安全性、信頼性、拡張性、そして既存システムとの親和性が特に重視されます。採用されている主要な技術要素とその評価は以下の通りです。
- ビジュアル開発環境: ドラッグ&ドロップ操作、キャンバス上でのコンポーネント配置、プロパティ設定などにより、直感的なUIで開発が可能です。内部的には、これらの操作がコード(多くはJSONやXML形式の設定ファイル、あるいは中間コード)に変換され、実行環境で解釈されます。この直感性が開発の敷居を下げています。
- コンポーネント・テンプレートライブラリ: フォーム、テーブル、グラフといったUIコンポーネントや、ユーザー認証、データ登録といった汎用的な機能、さらには金融業務特有のワークフローテンプレートなどが事前に用意されています。これらの再利用可能な部品が開発速度を大きく向上させます。
- API連携機能: RESTful APIやSOAP APIなどを容易に呼び出し、外部システムやサービスと連携するための機能が提供されます。既存の勘定系システムや外部データプロバイダーとのセキュアな連携は、金融機関向けプラットフォームにおいて特に重要な技術要素であり、コネクタの豊富さやセキュリティ対策が評価のポイントとなります。
- データベース連携・管理: RDBやNoSQLデータベースとの連携機能、データの登録・参照・更新・削除(CRUD)操作をビジュアルで行う機能が搭載されています。金融機関の機密データを扱うため、暗号化、アクセス制御、監査証跡の記録といった機能の実装精度が重要視されます。
- ワークフロー・プロセス自動化エンジン: 複雑な承認プロセスや業務フローを定義し、自動化するためのエンジンが組み込まれています。BPMN(Business Process Model and Notation)などの標準規格に対応しているか、条件分岐や並列処理、外部連携を柔軟に設定できるかが評価点となります。
- セキュリティ機能: 金融機関の要件を満たすための多層的なセキュリティ対策が講じられています。これには、堅牢な認証・認可メカニズム(OAuth 2.0, OpenID Connect対応など)、データの暗号化(通信時/保存時)、脆弱性対策、定期的なセキュリティ監査、監査ログの記録と管理が含まれます。プラットフォーム自体のセキュリティレベルに加え、開発されるアプリケーションのセキュリティを担保する機能(例:入力値検証、SQLインジェクション対策機能)も重要です。
- ガバナンス機能: 開発プロセスを管理するためのバージョン管理システムとの連携、テスト環境・本番環境へのデプロイメント管理、ロールベースのアクセス制御など、統制の取れた開発・運用を支援する機能が提供されます。金融機関では変更管理や内部統制が厳しいため、これらの機能は不可欠です。
- クラウド基盤技術: 多くのプラットフォームは、AWS, Azure, GCPといった主要なクラウドプロバイダー上で動作します。コンテナ技術(Docker, Kubernetes)を用いたスケーラビリティの確保、マイクロサービスアーキテクチャによる機能ごとの独立性、サーバーレス技術の活用などが技術的な強みとなります。
これらの技術は、金融機関がLow-Code/No-Codeプラットフォームを導入する際に、単なる開発効率化ツールとしてではなく、安全かつ信頼性の高いシステム開発基盤として評価するための重要な要素となります。
市場における位置づけと競合比較
日本の金融機関向けLow-Code/No-Codeプラットフォーム市場には、海外の汎用的な有力プレイヤー(例:Mendix, OutSystems, Salesforce Platform, Microsoft Power Apps)に加え、特定の金融業務や日本の商慣習に合わせた機能を持つ国内のスタートアップが参入しています。
海外の汎用プラットフォームは機能が豊富で大規模開発にも対応可能ですが、金融機関特有の細かいニーズや日本の複雑な規制・商習慣への対応にはカスタマイズが必要となる場合があります。一方、日本のFintechスタートアップは、日本の金融市場に特化した知識や、既存の国内レガシーシステムとの連携に関するノウハウを持つことが強みとなり得ます。また、手厚い導入・運用サポートを提供できる点も競争優位性となり得ます。
ただし、Low-Code/No-Codeプラットフォームは万能ではありません。非常に複雑で高度な計算処理を伴うシステムや、ミリ秒単位の応答速度が求められるシステムなど、専門的なコーディングが必要となる領域には限界があります。金融機関においては、どの業務領域やシステムにLow-Code/No-Codeを適用し、どの領域では従来の開発手法を用いるかを見極める戦略的な判断が必要です。
強みと課題
金融機関が日本のFintechスタートアップが提供するLow-Code/No-Codeプラットフォームを検討する上での強みと課題を整理します。
強み:
- 開発速度とアジリティの向上: 業務部門のニーズに基づいたアプリケーションを迅速にプロトタイプし、実装・改修できるため、市場変化への対応速度が向上します。
- 開発コストの削減: コーディング量の削減や開発期間短縮により、全体的な開発コストの抑制が期待できます。
- IT人材不足への対応: プログラミングスキルを持たないビジネス部門のユーザーでも開発に参加できることで、開発リソース不足を補い、IT部門はより高度な開発に集中できます。
- 内製化の推進: 外部委託に頼らず、自社内でシステム開発や改修を行う体制構築を支援します。
- 特定の金融ニーズへの対応: 日本のスタートアップの場合、日本の金融機関の業務プロセスや規制、既存システム構造を理解した上でプラットフォームを構築している可能性があり、フィット感が高い場合があります。
課題:
- スケーラビリティの限界: 非常に大規模で複雑なシステムや、高性能が要求される基幹システムへの適用には限界がある場合があります。
- ブラックボックス化のリスク: プラットフォーム内部の挙動が不透明になり、問題発生時のデバッグや、特定の要件への詳細なカスタマイズが難しい場合があります。
- ベンダーロックイン: プラットフォームに依存した開発を行うため、将来的に他のプラットフォームへ移行する際のコストや手間が大きくなる可能性があります。
- セキュリティリスク: プラットフォーム自体のセキュリティ脆弱性や、開発者がセキュリティベストプラクティスを理解せずに開発した場合のリスクが存在します。金融機関としては、プラットフォーム提供企業のセキュリティ体制や実績を厳格に評価する必要があります。
- ガバナンスの維持: 開発の敷居が下がる一方で、野良アプリの乱立やセキュリティポリシーからの逸脱を防ぐための、厳格な開発・運用ガバナンス体制の構築が求められます。
将来展望
金融機関におけるDX推進の重要性が高まるにつれて、Low-Code/No-Codeプラットフォームの活用はさらに拡大していくと予想されます。特に、AIによる開発支援機能(例:自然言語での要件定義からのコード自動生成、最適化提案)の組み込みや、既存システムとの連携機能のさらなる強化が進むと考えられます。また、金融機関内でLow-Code/No-Code開発を推進する専門部署や、ビジネス部門とIT部門が連携する「シチズンデベロッパー」育成の取り組みも活発化するでしょう。
日本のFintechスタートアップは、この分野において、日本の金融市場に特化した強みを生かしながら、グローバルプレイヤーとの競争の中で独自のポジションを確立していくことが期待されます。
まとめ
日本のFintechスタートアップが提供する金融機関向けLow-Code/No-Codeプラットフォームは、金融機関が直面するシステム開発の課題に対し、開発の迅速化、コスト削減、内製化推進といった側面から有効なソリューションを提供しています。事業開発担当者としては、自社のDX戦略やシステム開発体制の現状を踏まえ、Low-Code/No-Codeが適用可能な業務領域を特定し、プラットフォームのセキュリティ、ガバナンス、既存システムとの連携機能といった技術的な側面を深く評価することが重要です。
提携候補としてのスタートアップを選定する際には、単なる機能リストだけでなく、金融機関への導入実績、サポート体制、そして将来的な技術ロードマップなどを総合的に判断する必要があるでしょう。Low-Code/No-Code技術は、金融機関のシステム開発に変革をもたらす可能性を秘めており、その動向を引き続き注視していく価値は大きいと考えられます。